青空に満天の星


僕たちが普段みているものって
ほんとに存在しているのか。
存在とリアリティについて考えてみた結果、
こんなものができちゃいました。
今日、多摩美に皆川明が来た。
個人的にかなり大好きなデザイナーで、
テキスタイルの柄とかがいいよ、って思う。
ここのブランドはVIにもチカラを入れていて
ロゴは菊地敦己で、他にも仲條さん、平林奈緒美をアートディレクターとして
起用していたので結構知っていた。
そんな訳で、必修の授業をほっぽり出して聴講しにいってきました。
皆川さんが語る事と、自分が今考えている事とがリンクすることが多くてため息つきっぱなしだったよ。
ここから真面目モードに。
長いかも。
今日のタイトルにもなっている
「青空に満天の星」
星は夜にしか見えないけど
青空のときにも、確かにそこに星は存在している。
「存在している=見える」ではない。
見えない事で忘れられてしまったこともあるはずだ。
上述したものは、次回のコレクションのテーマになるらしい。
この言葉を聞いた時に、minaが透明な空気感をもつ理由が少しだけわかったような気がした。
皆川さんはいつも社会に対して鋭い視点をもっている。
社会に対してのアンチテーゼとして、ファッションというメディアで、何かを伝えようとしているのではないか。
時の経過によって色褪せることのない服を目指し、服作りを進めるというのがminaのコンセプト。
そのために、自社でファブリックを開発、管理し、
何年も着ることができ、壊れた所があれば直すことができるようにする。
今のファッションの流れで「クイック・アンド・レスポンス」というものがあるらしい。
クイック・アンド・レスポンスとは、ラグジュアリーブランドや流行最先端のものを、コピーしてそれをすぐに市場に流通させること。
それは、ファッションの中に限らず社会全体に蔓延しているかのように思える。
合理的で即効性のあるものを求め続けた現代社会。
その場しのぎで作られたものは、あっという間に飽きられ、捨てられ、そしてまたその場のしのぎのものが作られる。
大量生産大量消費という方程式が変わることは、まだない。
広告にしろ、デザインにしろ、短命である。
それは、市場と密接な関係にある宿命なのかもしれない。
消費者を振り向かせるための手段としてデザインが使われてきた。
今の日本で市民権を獲得したデザインは、ただの見かけの問題であり、デザインという言葉が安売りされているように思える。
そのような現状の中で、このままではいけない、と声を上げるデザイナー達も出てきているのも事実。
もう1度社会を、デザインを捉え直そう、という動きを最近よく目にするようになった。
即効性、合理性に辟易した一部の世の中の人たちが、minaというブランドに注目していったのは自然なことだと思う。
ファッションは日常的であるべき。
ニュートラルな服ではなく、エモーショナルな服を作りたい。
レディメイドだけど、パーソナルなブランド。
と、皆川明。
生地から服を作り、販売に至るまで自身のフィロソフィーを貫き、mina perhonenという1つの表現で多くの人を魅了している理由が納得できた。
私たちが服を買う時に払うお金は、そのブランドの「信頼」に対して払われている。
原材料と加工費、人件費にだけお金を払っているのではない。
ブランドは服をつくり、広告をうち、服を売る。
服の値段は、ブランドの信頼に対しての評価である。
テキスタイルという異分野で、専門用語が頻出した講義だったけど
思考から形になるまでのプロセスなど
どの分野でも言えるようなことがたくさん聞けた。
いい講義だったよ。
デザインはその人の人間性が如実にでる。
大抵のことは、誰にでもわかることばで説明できる。
というのが僕の持論ですが
たまにはこういう文も訓練で書いてみたくなったので
お許しください。
読んでくれて、どうもありがとう。
ラベル: about desgin
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