メモ

この前の金曜日に山本さん(女)と話していたら
おもしろい話を聞けたので、
忘れないようにメモ。
その1
昔の課題で、擬音語擬態語をビジュアライズする、というものをやっていたらしい。
日本語は擬態語や擬音語が他の言語と比べて多い。
雨が降る、といっても
しとしと降る、とか
ざぁざぁ降る、とかいろいろある。
それらのことばのもつイメージをビジュアルで表現しよう、という試み。
しかし、そのときに韓国からの留学生が先生のところに来て
次のように言ったそうな。
擬態語、擬音語の意味は理解できるが
それらのことばのもつイメージはわいてこない。
僕に限らず、日本人なら、
風がぴゅーぴゅー吹いている場面だったり
ゆらゆらカーテンがゆれている場面のイメージを
なんとなく想像できると思う。
でも、それって日本語を母語にしてる人たちの特徴らしい。
その2
最近の流行として
バイリンガルにするために赤ちゃんの頃から、英語を勉強させる親が増えてきている。
しかし、そのようにして育てられた子供は幼児期になると
自律神経失調症のようなものになる傾向があるらしい。
検査すると、他の子供と比べて脳波が違うため
それは性格ではなくて、一種の病気(?)みたいなものなんだってさ。
その原因として挙げられるのが
バイリンガル教育なんだけど、
僕たち日本人は日本語で生活していて
普段の生活では英語を必要としない。
でも、塾に行っている間は英語しか通じず
それ以外では日本語しか通じない。
その意識的な使い分けを赤ちゃんとか幼児にはできない。
その言語によるコミュニケーションのフラストレーションが
人格形成だったり発育におおいに影響するそうな。
もし子供ができたら、小さい頃からバイリンガル教育をしようと思っていた僕は、
検討してみようかと思ったね。
で、2つの話を聞いて思ったのが
人間の思考というのは、使用する言語によって大いに影響されるということ。
高校の時に、倫理ででてきたレヴィ=ストロースが構造主義の大切さを語っていたのをずーっと覚えている。
「人はみんな、自分が所属している構造(国とか言語)を通して事物を分析し、理解している。」
とか言っていたかなぁ。
「専門用語を使うと、それがわかる人の間でしか共通理解を得られない。
だったらいっそ専門用語をなくしてしまえば、
みんな同じ立場にたつことができるんじゃないか。」
みたいな事を言っていたような気がするけど、
記憶が不確かなので、間違っていたら誰か教えて。
表現されたモノとしてのビジュアルは、ノンバーバルなんだけど
僕たちは日本語というフィルターを通して思考し表現するから、
そこには必ずバーバルな問題が孕んでいる。
その問題をどう受け止め、解決するかは検討中。
メモ終わり。
ラベル: about desgin
2 件のコメント:
うんうん。
どんなに色んな言語を学んでも、根本的には最初に学んだ言語(母国語)で物事を考えるから、母国語できちんと理論立てて考えられるようになる前に、他の言語を学ぶのはその発達の妨げになるかもだよね。
”国語力”の大切さを痛感する毎日だよ。。
でも2カ国語しゃべれるあなたはうらやましいと思います。
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