2008年10月29日

TDCタイプセミナーに行ってきた。


この感じ結構好き。
これでもっといろいろできそう。



今日TOKYO TYPO DIRECTORS CLUB (TDC)のタイプセミナーに行ってきた。
講師は小林章さん。ゲストで菊地敦己と柿木原さん。と嘉瑞工房の高岡さん。
先週も小林さんの話を聞いたけどもう1回。
多摩美に来ること自体、すごいことなんだなぁって思った。

15:00から東京工芸大だったので、
その前に展示も観てきた。
ほんとは一緒に行くはずの友人2人にボイコットされ、ひとりで。

はじめにブルーマークのカフェに行ったら平日18:00スタートでやってない。
気を取り直して、秋山花さんの個展に。
やっぱりいいイラスト描くね。
記帳を観たら多摩美関係者の名前が結構あった。
そのあと、ヘルベチカ展へ。内容は、まぁね、って感じ。
それから東青山に行くも、定休日。

そこから、中野へレッツ&ゴー。


セミナーはというと、内容は多摩美のときと似たような感じだった。



話の中で印象に残っていることを書くと次のようなこと。

 欧文を使う時に、日本人とネイティブという2つの対立項として考えがちだけど、
ラテン語を使う国々でもスクリプト体の書き方が違ったりする。
例えば、Tがベルギーとアメリカでは同じものに見えないくらい違うんだよって。
ある程度基本を抑えていれば、国それぞれのルールがあってもよい。
なので、日本人とネイティブという固定観念はなくした方がいい。

 フルティガーの机の上にある黒い紙の切り絵の写真をみせながら、
「みなさんも切り絵をやってみればいいよ。それで、白と黒の関係がわかるから。」と。
つまり、文字の間の白い形が大事なんだよ、ということ。
この話は欧文書体に載っていたけど、切り絵の例は出てないなかったような気がする。

 欧文を組む上でやってはいけない事とは?との質問に対して、
○合字があるのに、それを使わない。
○間抜け引用符 → " "
○ピリオドの後に、全角をあける事。

 使いやすいフォントとかは特にない。
そのときに、どういう目的で使うのかによって、組み方とフォントを決める事。

 何がよくて何が悪いのかわからないのなら、
古本屋にでも行って、本をいっぱい買ってくる。
その本の中から、自分でいい本と悪い本を見極めることが大事。
いいものをいっぱいみることが大事。

 組版をする上で、活版でもスペーシングとかに気を使ってた。
Macなら活版で出来なかった事までできる。
1字1字詰める事は当たり前。
今のデジタルの組版は汚いのが多い。
文字を組んで、お客様に読んで頂くという気持ちでやる。
やるかやらないか。


高岡さんが次のように言っていた。

金属活字の時でさえ、同じ書体でも級数によって微妙な違いがあった。
今になって、デジタルでAdobe Caslon, Big Caslon, Caslo などでるようになった。
小林さんの登場で、やっとデジタルが活版に追いついてきた。



と、ざっくりとしたまとめです。
まとめというか、箇条書きです。

今回のセミナーを聞いて、
きれいに文字を組めるようになりたいと思いました。
フォントに詳しくなろうと思いました。
いいフォントが欲しくなりました。

そういえば、レクチャー中に小林さんが
「そろそろワークショップでもやりますかね。」
と、何回か言っていたので、もしかしたら来年あたりあるかもね。

文字に対してのモチベーションは上がったので
明日の組版の授業がんばります。
とか言いながら、今日のタイポの授業休んでしまってる。
竹下先生、ごめんなさい。

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2008年10月27日



Flashでウェブサイトをつくりなさいという課題が
予想以上にこんがらがって
はっちゃめっちゃで。
要するにに大変ということです。

普段みているサイトはとってもすごいものなのだなぁと
改めておもうねぇ。

アニメーションに引き続き、
13インチのMac Bookに
そろそろフラストレーションがたまってきて大変。


あぁ、逃げ出したい。

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2008年10月26日

くうねるあそぶ。



最近落書きしてるのが楽しい。
今すぐ何かになるってわけでもないんだろう。
でも楽しいだけじゃないからいいと思うんだよなぁ。

そろそろ課題でもやりますか。




よくおたがいに批判とかするけど
その批判って結構あたってたりするもんだよね。
人の悪い所はすぐみえるからね。
でも、残念なことに、それ以上なにもないんだよ。

ああ、ほめあって生きたい。

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2008年10月25日

ぎんぶら




今日は銀座にいってきた。
gggとG8でやっている展示をみてきた。

原研哉は今まで観たことある知ってる作品を集めただけだったので
あまり新鮮さはなかった。
「白」は出版されてすぐ買ったし。
もう1回読んでみようかな。

FashionGraphic はよかったね。
菊地敦己、平林奈緒美、植原亮輔の3人が結構好きなので
まとめて観れてよかった。
平林は、女性なのにシブいというか強いというか
フェミニンな感じがあまりしないよ。
でも、いい。
やっぱり、パソコンのディスプレイじゃなくて
生で観る方が、印刷の感じとか素材が肌で感じられるからいいよね。
特殊印刷とか、インクジェットじゃない印刷とか
紙とかもっと勉強しよう。
それで早くつかいたい。
だいぶ見え方がかわるはず。


ファッションとグラフィックは、とてもご近所な関係なので
ファッション系でぐいぐい行けないか考えてみようかと思います。

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2008年10月24日

砂漠にふる雪




今月のアイディアの特集の中で秋田寛が
最近の世の中は、ゆるい、と言っていた。
デザインは時代を映すものだから
そういう世相を反映して、ゆるいデザインが最近多いと。
亀倉雄策とかの時代は、ダイナミックで力強いデザインが良しとされていたけど
今はクライアントから、力強いからだめと言われることもあるとか。

個人的な好みとしては
デジタルのものよりもアナログの質感の方が好きだね。
手触りがあるというか、手垢のある感じがココロに響きやすい。
最近はひたすらアナログだけれど
デジタルも使うし、好きな部分も結構ある。

確かに、一昔まえに比べたら手書きの広告や
味のあるデザインが増えたかもしれない。

90年代にPCが普及して、CGが目新しくて
それを使えば何をやっても新しく見えたという時代があった。
でも、今はだいぶ出尽くしてきてる感じがして
昔ほどの新鮮さだったり、驚きは無くなってきていると思う。
(その中でもWebとかメディアアートの分野は技術の進歩で
今でもぐいぐい突っ走ってる感じはする。)

そんな中で、原点回帰ではないのだろうけど
PCを使わない表現だったり、使ったら出来ないものを作ろうみたいな流れがあって、
それがたまたま今の時代とマッチしたのではないかなぁ。


Webの台頭によって紙媒体のものは衰退してきているし
その流れはかわらないだろうと言われている。
CDも売れなくなって、デジタルで配信される割合もかなり高いし。
これからますます技術が進歩し、ユビキタスやらナノテクやら
世の中がデジタル化していくのは間違いないだろう。

しかし、そのような状況の中でも、人間が身体を持って生きている以上
物質として存在する紙は決して無くならないだろうし
アナログというものはシェアは縮小するとしても必ず残ると思う。

デジタルメディアには、デジタルメディアに適した表現があるし
本とか雑誌とか物質として存在するメディアには、そのメディアに適した表現がある。
(Webの出現で、特殊印刷が前よりも注目をあびるようになったとか)

これからの時代、デジタルに弱いことが不利になるかもしれない。
眼も向けずクリエイターとして生きていくのはどうかとも思う。

でも、デジタルフォントが普及しても、
活版印刷屋さんが全部潰れないように
その道の先端にいればなんとかなるんじゃないかなぁ。

デジタル+アナログ=デジログ
みたいな考えかたとかあっても良いと思うし。


これから先、ゆるいブームが終わるのは確か。
でも、次にくるブームが何かなんて考えることに興味はないなぁ。

デザインとかアートとかって、
今に対してのアンチテーゼとして、新しいものが生まれてきている。
そういうことを踏まえると
ブームを予測するのではなくて、
時代とその先を見極めて、新しい提案をしていくしかないんじゃないかなぁ。。 





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2008年10月23日

透明な色



寒いと寂しいってちょっと似ている。

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2008年10月22日

青空に満天の星




僕たちが普段みているものって
ほんとに存在しているのか。
存在とリアリティについて考えてみた結果、
こんなものができちゃいました。



今日、多摩美に皆川明が来た。
皆川明はテキスタイル(ファッション)デザイナーでmina perhonenの人。

個人的にかなり大好きなデザイナーで、
テキスタイルの柄とかがいいよ、って思う。

ここのブランドはVIにもチカラを入れていて
ロゴは菊地敦己で、他にも仲條さん、平林奈緒美をアートディレクターとして
起用していたので結構知っていた。

そんな訳で、必修の授業をほっぽり出して聴講しにいってきました。

皆川さんが語る事と、自分が今考えている事とがリンクすることが多くてため息つきっぱなしだったよ。

ここから真面目モードに。
長いかも。




今日のタイトルにもなっている
「青空に満天の星」

星は夜にしか見えないけど
青空のときにも、確かにそこに星は存在している。
「存在している=見える」ではない。
見えない事で忘れられてしまったこともあるはずだ。

上述したものは、次回のコレクションのテーマになるらしい。
この言葉を聞いた時に、minaが透明な空気感をもつ理由が少しだけわかったような気がした。

皆川さんはいつも社会に対して鋭い視点をもっている。
社会に対してのアンチテーゼとして、ファッションというメディアで、何かを伝えようとしているのではないか。

時の経過によって色褪せることのない服を目指し、服作りを進めるというのがminaのコンセプト。
そのために、自社でファブリックを開発、管理し、
何年も着ることができ、壊れた所があれば直すことができるようにする。

今のファッションの流れで「クイック・アンド・レスポンス」というものがあるらしい。
クイック・アンド・レスポンスとは、ラグジュアリーブランドや流行最先端のものを、コピーしてそれをすぐに市場に流通させること。
それは、ファッションの中に限らず社会全体に蔓延しているかのように思える。
合理的で即効性のあるものを求め続けた現代社会。
その場しのぎで作られたものは、あっという間に飽きられ、捨てられ、そしてまたその場のしのぎのものが作られる。
大量生産大量消費という方程式が変わることは、まだない。

広告にしろ、デザインにしろ、短命である。
それは、市場と密接な関係にある宿命なのかもしれない。
消費者を振り向かせるための手段としてデザインが使われてきた。
今の日本で市民権を獲得したデザインは、ただの見かけの問題であり、デザインという言葉が安売りされているように思える。

そのような現状の中で、このままではいけない、と声を上げるデザイナー達も出てきているのも事実。
もう1度社会を、デザインを捉え直そう、という動きを最近よく目にするようになった。

即効性、合理性に辟易した一部の世の中の人たちが、minaというブランドに注目していったのは自然なことだと思う。

ファッションは日常的であるべき。
ニュートラルな服ではなく、エモーショナルな服を作りたい。
レディメイドだけど、パーソナルなブランド。
と、皆川明。
生地から服を作り、販売に至るまで自身のフィロソフィーを貫き、mina perhonenという1つの表現で多くの人を魅了している理由が納得できた。



私たちが服を買う時に払うお金は、そのブランドの「信頼」に対して払われている。
原材料と加工費、人件費にだけお金を払っているのではない。
ブランドは服をつくり、広告をうち、服を売る。
服の値段は、ブランドの信頼に対しての評価である。



テキスタイルという異分野で、専門用語が頻出した講義だったけど
思考から形になるまでのプロセスなど
どの分野でも言えるようなことがたくさん聞けた。
いい講義だったよ。

デザインはその人の人間性が如実にでる。



大抵のことは、誰にでもわかることばで説明できる。
というのが僕の持論ですが
たまにはこういう文も訓練で書いてみたくなったので
お許しください。

読んでくれて、どうもありがとう。

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例えば、10月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて




コミュニケーションってなに?

そもそもコミュニケーションという言葉で定義できることなのか。

定義できたとしても、それって便宜上のものでしかないような気がする。




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2008年10月21日

ぐんぐん



久々にコラージュでも。。
どうもいかんね、
自分の作るものはかわいらしくなってしまう。
もっと毒が欲しい。




もう10月もあと10日くらいしか残っていなくて
だんだん冬に近づいてきているだねぇ。

学校の銀杏の匂いを嗅ぐとそんなことを思う。


銀杏ってくさいけど高級食材なんでしょ。
道ばたに10円玉が落ちてるようなものだね。
クサい実ををとってきれいにされたものが、食材として売られているのだから
道にお金が落ちているのと同じようなもんだ。
きれいにするそのひと手間が大事なエッセンスなんだね。

そのひと手間を惜しむのか、惜しまないのか。

銀杏を踏んづけて思ったのでありました。




コミュニケーションとディスコミュニケーションについて書こうとか
最新号のアイディアを読んで思ったこととか
書こうと思ったけど
長くなりそうだし、まとまりそうにないので
今日はこのへんで。


寒くなってくる季節なので
みんな体調には気を付けて。

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2008年10月20日

マスからニッチへ



HOPE



100万人を抱きしめることができないから、コピーを書く。

広告の仕事は、100万人や、1000万人を相手にするコミュニケーションで、それは1対1とはだいぶちがう。
1対1なら言葉以外にも、みつめあうとか、抱きしめ合うとか、強力な伝え方があるだろう。
でも、広告で、100万人相手に、いちいち抱きしめてまわるまけにも行かないよね。
だから、そのかわりに言葉というみんなに伝える道具が必要になるんだ。


— 谷山雅計(コピーライター)のお言葉 —



広告のコミュニケーションは、不特定多数、マスに対しておこなわれるもの。
マーケティングでターゲットだとか
訴求対象を限定しろとか
データとか数字が大事にされている。
広告の役割は商品の販促効果を狙ったもので
マスに対して発信することは当たり前。

でも、広告に接するときは
広告と自分の1対1で
作り手はそこを意識するから、
実際のところ難しい。



広告はマスというのが前提で、
でも、ニッチに対してのコミュニケーションもあっていいんじゃないかなぁ、って最近思うんだよね。
広告をメディアとして選択して伝達するなら
成立するかどうかとか、いろんな問題を孕んでいるけど
不特定多数から特定少数のものがあってもいいんじゃないかと。


特定少数だから、自分がターゲットからはずれていたら知る訳もないから
世の中にどれくらいあるか知らないけど。
インビがないと入れないアルマーニのパーティーとか行って
宮崎あおいに会ってみたい。。


最近の広告業界では、
関係育成型とよばれるものが流行っているらしくて
エンドユーザーとどのように商品の関係を作っていくのか、ということが重要視されているらしい。
商品のベネフィットしか語られなかった広告が変わってきているのも事実。




個人的には、みんなに好かれたいとは思うけど
誰かわかってくれる人がいたらそれでもいいやぁ、などと思う訳です。
だから、抱きしめ派だねぇ。

そんなコミュニケーションっていいよね。



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2008年10月19日

職業としてではなく、生き方として選ぶ。




職業としてではなく、生き方として選ぶ。

このキャッチフレーズが最近の僕のスローガン。



昨日先輩と話していて、背中を押してもらえた気がする。

大学入った時はまだ何も知らなくてツンツンしてた。
でも、少しデザインとかそんなことがわかるようになってきて
自分の無力さを痛感した。

自分に何もないのに、コネクションを広げようとしたって
広げられるもんでもないし、意味があるんだろうかとか思ったり。

それなら今は自分を磨こうとか思っていた。


でも、今いる環境が大学の中という限られた世界しかしらないで
ちょっと外でも覗いてみようかなぁとか思うようになってきた。


そんなことを思っていた矢先に、
自分の無力さを学内で感じていたってだめだよ。
外に出てみれば、もっと無力さを感じることができる。
今、中にだけいるのは、もったいないよ。
(みたいなこと言われたような気がするけど、詳しくは思い出せないので・・・)


こういうこと言って貰えて、すっきりしたよ。



思っているだけじゃだめ。
思い立ったが吉日、だねぇ。
(↑仲の良いトモダチのスローガン)

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2008年10月18日

恋が着せ、愛が脱がせる。


Think

考えればおもしろくなる。
考えなければおもしろくならない。




明日の広告コピー論の先生の眞木準先生。
ダジャレのコピーが多いと思っていたけど
それだけじゃなかった。
伊勢丹の広告のコピーで、
「恋が着せ、愛が脱がせる。」
大人だなぁ。
やられたよ、眞木さん。
明日の課題今からやって間に合わせます。





人生には悪い決断なんてない。

もう起きてしまったことは変えられないだろ。
どうせ変えられないのなら
良い方向に考えてみればいいじゃないか。

と思わずにはいられない今日この頃。



今、時間とお金があるのなら
服を買うでもなく
ギャンブルをするでもなく
本をのんびり読みたいなぁ。




ブログを読んでくれている何人かに
将来イラストレーターになりたいの?って聞かれたのですが
そのつもりは、今は、ありません。

とりとめのないこのブログを読んでくれてありがとう。


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2008年10月15日

朝をむかえにいこう





最近自分のスタンスとかについて考えてきたけど
うーん、いまいちはっきりしない。

ぼんやりとはしてるんだけど
クリアにはみえてこない。


人にはそれぞれ好みがあって
ある人が褒めても
ある人はけなす。
それはしょうがないことで
むしろ、素敵なことだと思う。

そこで大事なことは
「自分を見失わないこと」だとあらためて思った。

じぶんを信じて突き進め、じぶん。

あっちにいったり、こっちにいったりするんじゃなくて
我慢することも大事なんじゃないかと。


今日(昨日)、名前も顔もしらない先輩たちのポートフォリオを観る機会があったのだけれど
いい刺激になった。
おもしろいけどこれってどうなの?みたいなのもあったけど
みんなが普段気付かないところに気付いて
それを表現としてきちんと形にできている。



制作するときに重要だと考えているのが
「発想」と「定着」

発想は上にも書いたような
今までなかったものだったり、新しい価値感だったり
いわゆるネタになるもの。


定着はそれがきちんと表現としてはまっているか。
絵でいうところの、色がチューブからひねり出したような色が浮いてみえる、生っぽいということ。
CGがいかにもCGっぽくて嫌な感じがする、とか。
これは直接的な表現の定着であって
アイディアもきちんと定着してなければいけないと思う。
考えはいいんだけどね、とか言われるたぐい。
別の言い方をするなら、コンセプトがきちんと落とし込まれて、表現されているか。


この2つがうまくいくと
見るに耐えうる強度がでてくるんだと思う。



今まで自分がつくってきたなかで
ここまでできたのってないなぁ。

だからといってカチッとしたものを作ろうとすると
手が止まってしまうタチなので
今は発想の元になるアイディアを出す状態。
ふろしきをひろげてみる。


量がない質はない。
と森山大道が言っていたので
しばらくはこのスタンスでいきたいと思います。

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2008年10月13日

絵の具の白は余分に買っておけ




(途中で白が無くなったので去年描いた絵を。)



白がない。
絵の具の白がない。
絵を描く時は一気に無くなるからね。
課題もやってたのに、これじゃ描けないね。

明日まとめ買いしとこ。
あぁ、予想外の出費。今月ピンチ。



今日の朝、ベランダにでたらトンボの死骸があった。
しかも頭が隣におちてるやつ。
よく観るとしっぽが抜け殻みたいに透明になっててきれいだったね。
死骸とか少しだけ悲しくなるよね。



ふと思ったんだけど、
ノートをきれいにとれる人って
それだけで好感度あがる気がしません?
今度から、好きなタイプは、と聞かれたら
ノートがきれいにとれる人って
答えてみようかと思います。






自分の書いたものを読んで
うわぁーって思います。

クサいこと、キザっぽいことばかり書いてすいません。
でも、このまま行きます。




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パパ・タラフマラ


ガリバー・スウィフトを今日観てきた。
東京グローブ座、名前は聞いた事あったけど
行くのは初めて。

3階の学生席で舞台から遠いんだろうなぁ、と思っていたら
意外と近かった。
今まで芝居とか観るときはだいたい安い席だから
かなり離れていて、表情とか見えないくらいだったけど
今までに比べたら全然近い。。

役者さんの表情はほぼ追える。


パパ・タラフマラの舞台を観るのは初めて。

いいものみれた、行ってよかった。と思う。
ストーリーがおもしろいかというと
あまり意味がわからない。
芝居とか映画でもはっきりとしたストーリーがなくても
あまり苦にならないので結構楽しめました。

それ以上に、ダンスがすごかった。
きれいな部分ももちろんあるけど
人間のなまっぽいというか
にくにくしさがでてるなぁって。


あと、音楽。
小学生の頃にエレクトーンをやってたから
生演奏で弾いてる人についつい眼がいってしまってたよ。
今、コードすら覚えてないけど
あれ観た後に、もっと真面目にやればよかったと後悔した。
今からでも遅くはない!がんばれ、自分。


それと、舞台美術がヤノベケンジ。
劇場の中でも火を噴かせてくれるのか、と期待したけど
それはさすがになかった。

衣装がよかったなぁ。
18世紀のイギリスという設定(?)なので
なんとなくそれっぽいんだけど
白いきれいな衣装だった。
森山開次に衣装も担当してる人らしくて
少し興味がでた。



次はチェルフィッチュかコンドルズを観に行きたいなぁ。


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2008年10月10日

Sit





シンデレラってハッピーエンドで終わると思っていた。

でも結婚してからいろいろ大変なことがあるかもしれない。

庶民と貴族の差を埋められなかったり
王子様が突然病気で死んじゃうかもしれないし
姑にシンデレラがいじめられちゃうかもしれないし。
王子様に恋をしていたどこかのお姫様は涙を流すかもしれない。



ジグソーパズルがあるけど
もし1つのピースが、もうパズルなんて嫌だ、と言って
行方をくらましたとしたら
そのパズルは完成することはない。

他のピースたちはえらい迷惑だね。

ピースが集まってパズルができているから。




情報や事物には、語られている文脈があり、前後があるということ。
それ単体では決して存在せず、
それを取り巻く周辺環境が存在するということ。


正面しか見えていない家でも
少し横にずれれば、家の側面が見えるし
東京タワーに登れば、豆粒みたいに家が見える。


多角的な複数の視点を持つ事によって
物事の見え方ってだいぶ変わるよね。


そういう考え方がとっても大事なのかもしれないなぁ。


ある人にSitした今日、思ったのでした。






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2008年10月8日

おーぬきさん





今日は大貫卓也さんの特別講義がありました。
去年も聞いたけど今年も少しだけ参戦。

うさんくさい声だけど
話はわかりやすくて
やられたね。

作品はそこまで好きではないんだけど
やっぱりすごいよ。尊敬できるなぁ。

社会における広告の在り方とか
いいキーワードが結構でてきた。


それでもってあと4時間後には深澤直人さんの特講。
たのしみだぁ。


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2008年10月7日

おいこせおいぬけ






これからの事についてしっかりと考えなければいけないなぁ。

飽きっぽい性格なので
ちょっとかじっては新しいことにとびついて
これといったものがないなぁ。

器用貧乏なのかねぇ。
予備校の時からそうで
ずば抜けたものがないんだよね。
高校のときのサッカー部の監督にも言われたなぁ。
高校の美術の恩師にも言われた。

石の上にも3年というように
少しは辛抱も必要だね。

考えても答えがでないから
考えても手が動かないから
とりあえずつくろうと思ってきたけど
やり方を間違えてきてしまったみたいだ。

考えないようにしてただけなんだ、きっと。

僕がこうなってしまったのも
いつも近くにいる人へのささやかな反抗なのかも知れません、笑


最近へこむな。
秋は好きなのはずなのに。




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2008年10月5日

オパビニア



○街には人がいっぱいるよね。
自分の前にも、後ろにも、横にも
ビルの中にも、電車の中にも
信号待ちをしていても
人がいっぱいいる。

そのひとりひとりが
それぞれ何かをかんがえているんだよね。

嬉しいことなのか、
悲しいことなのか、
楽しいことなのか、
街にはいろいろな思いが
いっぱいぷかぷか浮かんでいるんだよね。


今日デジカメを買った町田で思ったのでした。




○宝くじってあるでしょう。
宝くじってアタリがあるけど
ほとんどがハズレなわけです。

でもあたる人って
いっぱいハズレをひいている人ではないでしょうか。
ハズレにめげずに買い続けて
ある時アタリを引くんだろうね。

クジをいっぱい引くチャンスを持っていて
クジをいっぱい引く勇気を持っている人が
アタリを引くことができる。


クジを引かなきゃあたらない、と思い
固い決意をもって
オータムジャンボ宝くじを1万円分買った

ら、当たるのかなぁとちょっぴり思っただけでした。


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animation


One Day.


課題で作ったアニメーションをmixiにアップしてみた。
passは0512.
暇な方はどうぞ。。

ラベル:

ともだち



僕にはともだちと呼べる人がどれくらいいるのかなって
たまに思うんだ。

ともだちがいるし
ともだちだった人もいる。

ともだちって、
しょっちゅう会ってなくてもかまわない
というところまで含めて
ともだちなのかな。

自分がともだちだと思っていても
ともだちが自分のことをともだちだと
思ってくれてるのかはわからない。



今日ともだちと話したんだ。

「なんでも話せるともだちがいてなんて幸せなんだ、って思ってた。
でもね、自分はなんでも話せていいかもしれないけど
話されたともだちはどう思うんだろう。」

ってね。

そこまで考えたことなかったよ。


今まで自分は0から100まで全部べらべら喋ってたなぁ。
いや、100じゃ足りないかもね。
特に近くにいる人には気を使わないから
結構嫌な思いもさせたことあっただろうなぁ。




太陽はなんにも言わない。
「最近どう?」なんて言わない。
「疲れたなぁ」なんてことも言わない。
ただそこにあるだけなんだ。

でも、そこにいてくれなきゃ困るし
いてくれるだけでいいんだ。




ともだちへ。
これからも僕のともだちでいてください。
僕もあなたのともだちでいさせてください。



ラベル:

2008年10月3日

君は何がやりたいの?




「君は将来何がやりたいの?」
今日ある人とご飯を食べてて聞かれた。

「僕、なんでもいいです。」

ちょっと前まで広告の仕事がしたくて
でも広告の世界を知って冷めちゃって
かと思えば、また熱したり…。
気分屋の僕はわかりません。


で、今思うことが、ものをつくっていられればいいや、と。
自分の核になる部分はグラフィックで
他にもいろいろやりたい。
それが、小さなプロダクトだったり
映像だったり、なんかだったり。
印刷された平面、マテリアルとして物質として存在するグラフィックに
もちろん凄い興味を感じるけど
それだけじゃなくてもいいや。



自分が好きなものをつくって
それが誰かの側にあって
誰かのしあわせにちょっとでもはいることができたら
それで僕はいいのです。

誰かがよろこんでくれる、ということがあるのなら
それで僕はいいのです。

その為には、もっともっと自分を高めなければいけないね。


なんでもいい、じゃなくて、なんでもがいい。



さぁ、いよいよ10月。
きもちのよい季節だね。

ラベル: